対症療法は姥捨山の入り口?

こんにちは。

昔、私は治療技術ばかりを追い求めてました。
手技療法家は日頃から手技などテクニックの習得に余念がないのです。
これは大事なことでもあるのですが、テクニックの習得ばかりでは経営は成り立ちません。
ただ国家資格を取ったら最後、何も勉強しない治療家と比べれば良いことですが。
私自身も駆け出しの頃は、ひたすら治療テクニックの勉強ばかりしていました。

どうやったら症状を消せるのか?
どうやったら痛みが消えるのか?

ここにフォーカスするのは治療家として当たり前だし大事なことではありますが、このような治療を長いことやっていると、ある時ふと気づくのです。

「一時的には良くなるけど根治ではない」

治療家は本来体が治癒するためにサポートするもの、治療家が治している訳ではないんですね。
患者さん自身の体が治してるんです。
だから患者さん自身が何か治癒を促進させるための行動をしないと、根本的には治らないんですね。
医者や治療家に丸投げしても、症状は抑えられるが根本的には治らない。
まあ症状さえ抑えられれば患者さん自身の目的は達成されたと言えるかもしれませんが・・・

私はここ数年、自然療法的なやり方に関心があり、アンチエイジングと言うかエイジングケア的な思考で日々取り組んでいます。
その理由の一つとして、仕事で「介護現場で高齢者の実情を見てしまった」というのがあります。
今では慣れてしまいましたが、初めて在宅介護をしている家や特別養護老人ホームに入った時は、ものすごいショックを受けたのを覚えています。
人の最期とはこんなにも悲惨なものかと。
言い方は悪いですが、まるで現代版の姥捨山

介護が必要な人、介護の必要のない人

歳を取っても健康のままの人がいる反面、体の自由を奪われ自分一人では生活もままならない人。
なぜにこれほどハッキリと分れるのか?
それは私が思うに、不慮の事故や先天的なものを除けば、何十年にもわたる生活習慣や食習慣の積み重ねではないかと思えるのです。

・健康になるにはどうすればいいのか?
・健康体のまま自然に老いていくにはどうすればいいか?
・健康を失った時はどのように対処していけばいいのか?

以上の事をテーマに、

有意義な老後を送るにはどのような習慣を積み重ねていけばいいのか?

そういった点を意識しながら日々意識して生活しています。

不快な症状を抑え込む対症療法的なことも時には必要ですが、そうなる前に手を打つ事が有意義な人生を過ごす最良な方法だと思います。
アンチエイジングで加齢に反抗するより、エイジングケアで加齢と上手に付き合って行くことが大事です。

達者で丈夫で元気な人生を送りたいですね。